
20世紀初めからプレタポルテが発展していく過程を解説します。
洋装が入ってくる前の日本では着物を着て生活していました。明治時代に入ると、軍服の制定や鹿鳴館での夜会の開催に伴い、洋装はまず上流階級にのみ普及していきました。これが洋装の始まりです。この頃の洋装は普段着として着るというより特別な機会に着用するという意味で位置づけられていました。
大正時代に入ると、男性の洋装化は比較的早く進んで、子供用の服も活動衣として奨励されていきました。その一方で実際に一般女性の洋装が普及し始めたのは大正時代後期に入ってからです。女性の洋装化には大きな契機がありました。それは大正12年9月1日に起きた関東大震災です。この時、和服を着用していた女性は裾や袂に動きを妨げられて逃げ遅れて、大変な被害を受けました。昭和になると国民服が制定され、簡単な洋服や着易いように改良を加えられた和服が平服になりました。
第2次世界大戦後はアメリカの占領下で洋服はすっかり国民に定着しました。ミシンが入ってきたのは1800年代でしたが、戦後、一般家庭にまで普及し始めたことで洋裁学校も増え、既製服もまだ多く出回らなかったことから、家庭で着る服を縫う時代に入ったのです。日本の洋裁では、市販のパターンを用いないで、原型から自分で作ってしまうほどの徹底ぶりで、海外の記者もこれを知って驚くほどでした。
自分で洋服を作る時代から、大衆消費社会になり、伝達方法がスピード・アップし、余暇時間が増えてくると、いよいよ人々の生活には既製服へ頼らざるを得なくなってきました。洋服を作る時代から買う時代へと変わったのです。その後も既製服の質の向上にも伴い、衣生活にも多様性が求められるようになり、ファッションへの関心がどんどん高まってきています。